「蛇の執念」

 あんなぁ、昔白道路村になぁ、お品というたいそう働き者のばあさんがおっちゃたんじゃって。

 ある年の初夏のことじゃったげなけどなぁ、お品ばあさん綾部に急ぎの用事ができてええ、何でもその日の夜明けまでになぁ、綾部に着くんじゃ言うてええ、まだお星さまのでているうちにええ、家を出ちゃったじゃってえ。

 お品ばあさん尻坂峠(しりさか峠、知坂峠と書く場合もある)を超えて井田野(位久田野)まで来たときのことじゃった。初夏と言っても朝方は冷え込むし、朝早かったもんじゃからばあさんは、おしっこがしとうなったんじゃ。

 こんな朝早うなら誰も見とらんじゃろうと思って、道端の草むらに入ると、しゃがみこんで用をたし、さて立ち上がろうとするとこりゃどうじゃ、腰が伸びんし足も立たん、手も動かにゃ膝も動かん。

 ばあさんあらん限りの力を振り絞ったがどうにもならん。驚きと怖さで気を失わんばかりじゃった。「神様、仏様、ご先祖様」と一心に唱えたそうな。

 その時折よく、一人の侍が通り掛かったんじゃ。綾部藩家中の剛の者で、侍はいぶかしげな顔をしながら、うずくまるお品ばあさんを見ていたが、

 

 

 突然腰の一刀を引き抜くと「エイッ!」と一閃(いっせん)、ばあさんの後ろの草むらを横なぎにしたんじゃ。すると何とも異様な音がして手ごたえ十分、跳びあがって果てたのは、長さ十尺、太さ四寸(一尺は三〇・三センチ、一寸はその一〇分の一)もあろうかと思われる大きな蛇じゃった。

 蛇の金縛りから解かれたばあさんは、「オオケニ、オオケニ」と何度も礼をいうと、急ぎどきゆえと失礼を詫び、綾部へ向かったということじゃ。

 それから何日かたってお品ばあさんの畑に、それはそれはでっかい西瓜が出来たんじゃ。二尺はゆうにあったじゃろう。「そうだ、この前のお侍さんに差し上げよう」と、思い立ったばあさんは、大きな風呂敷に西瓜を包んで「ヨッコラショ」と背中に背負って、くだんの侍のところへ向かったじゃ。

 侍はお品ばあさんの元気な顔を見ると、さも安堵したように、「おう元気か、よかった、よかった」と、家の中へ招き入れたということじゃ。

 ばあさんは「お侍さま、この前はオオケニ(ありがとう)、これはお礼です。食べてくんなはれ」と、大きな西瓜を差し出したんじゃ。侍は「おう、これは立派な西瓜じゃ。ご苦労、ご苦労」と、その西瓜をジーと見ていたんじゃが、やがて口を開くと、

 

 「おいばあさんや、この西瓜はお前に畑で採れたのか。しばらく待て」と、言うが早いか奥にとって返しました。

 ばあさんがアガリト(座敷などの上り口)に座って待っていると、

 

 再び出て来たその姿は、後ろ鉢巻きにたすきかけ、袴の裾を高く上げ、手には白刃をギラリとさげて現れた。

 ばあさんはびっくり仰天、腰も抜かさんばかりに驚いたんじゃ。侍はそんなばあさんを見て静かな口調で「おいばあさん、怖がるには及ばんぞ。今から拙者が見事な西瓜料理を見せてやるからの」

 

 大上段に振りかぶった白刃「エイッ」と一声、鋭い気合とともに、大きな西瓜は真っ二つになって、三尺ばかり跳び上がり、

 

 

 

 その中から、これまた二つに胴切りされた大きな蛇が三匹も出てきたということじゃ。実(げ)に恐ろしや、蛇の執念。